匂い
誰の鼻先も、
ふるえなかった
おまえの匂い
ひとつだけ開けられた窓の
カーテンが、
ひととき揺れただけ
季節はいつも
なにも覚えていないふりで
通り過ぎていく
髭を剃って
猫のように平衡を失った
赤潮に引きずられ、
戻りかたを忘れた
さくらをちらすあめ
芽吹く雑草花のため
夕焼けに消える電線
鳴く
中央分離帯のクビキリギス
耳鳴り
慟哭
匂い
滲まず
通り過ぎた空気に
ひとひらの香も留めなかった
おまえの匂い
陽に透ける声
雨にまぎれるまなざし
風が攫った
生白い午後の温度
誰かが遠くで
季節の層を産み落とす
におい